「八」と「万」──古代日本の数の世界②
2025年2月9日
今回もコラムをお読みいただきありがとうございます。前回は、「八」についての歴史的な意味をお伝えいたしました。今回は、「万」についての歴史を見ていきましょう。
「万」という数の概念
さて、「八」について考えていく中で、「八百万」という言葉が出てきました。では、「万」はどうでしょうか。
「万」という漢字が使われる前から、日本には「よろず」という言葉があり、これは「限りなく多い」「無数」を意味していました。日本最古の物語である『竹取物語』でも、竹取の翁は竹を「よろずのこと」に使っていますよね。これに「万」の字があてられるようになりました。こうして、「八百万の神々」のように、数を数えるというよりも、「とても多い」という抽象的な概念として使われるようになったのです。
他の例として、『万葉集』という名称も、「多くの葉があるように、無数の歌がある」という意味で「万葉」とされたという説があります。実際、『古事記』や『日本書紀』には「億」や「兆」といった数の概念は登場せず、「万」が最大の数として扱われています。これは、日本における物の数え方がもともとあまり具体的でなく、より感覚的で抽象的だったことを示唆しています。
現代でも「万歳」「万全」「万物」「万国」「万屋」といった言葉に「万」が含まれており、ただの「一万」という数ではなく、「すべて」「とても多い」という意味で使われ続けています。これは、古代の数の感覚が、現在も言葉の中に生きている証拠でしょう。
日本と他文化の比較
ここで興味深いのは、日本と他の文化圏で「多いこと」を表す数字が異なることです。日本では「八」や「万」が「非常に多いこと」を示しますが、英語圏では「thousands」や「millions」が同様の役割を持ちます。「a thousand and one tales(千夜一夜物語)」や「millions of stars(無数の星)」のように、「千」や「百万」が「数えきれないほど多いもの」の象徴として使われるのです。
また、中国では「億」「兆」などの大きな数が早くから普及し、日本よりも具体的な数の概念が発達していました。対照的に、日本では「万」を最大の数として感覚的に使い、細かい計算よりも「とても多い」というイメージを伝えることに重点が置かれていたのです。
まとめ──「八」と「万」が示す日本人の数の感覚
古代日本において、「八」と「万」は単なる数ではなく、「すべて」「とても多い」、もしくは「無限」といった象徴的な意味を持っていました。須佐之男命の歌に見られる「八重」の表現、神話に頻出する「八百万の神」、そして「万葉集」「万歳」といった言葉に残る「万」の感覚は、日本人が昔から数を抽象的に捉えていたことを示しています。
このように、数字ひとつをとっても、その背景にはその文化圏独自の感覚や歴史が息づいています。日常の中で何気なく使っている言葉も、こうした視点で見てみると、それぞれの歴史が感じられるかもしれませんね。最後までお読みいただきありがとうございました。