桜の儚い美しさから感じる「もののあはれ」

2025年3月30日

 今回もコラムをお読みいただきありがとうございます。

 春の暖かい日差しが心地よい季節になりましたね。さて、春といえば、皆さんは何を思い浮かべますか? きっと多くの人が「」と答えるでしょう。公園や学校の帰り道で、桜の木の下を通ると、ふわふわとしたピンクの花びらが風に舞っていて、とてもきれいですよね。

 日本の春を代表する桜ですが、その歴史はとても古く、平安時代の貴族お花見の宴を開いたのが始まりだと言われています。当時は、桜の花を眺めながら、歌を詠んだり、楽器を演奏したりして楽しんでいたそうです。今の私たちがお弁当を広げてお花見をするのとは、少し違いますね。

 時代が進むにつれて、お花見をする人は貴族から武士、そして一般の人々へと広がっていきました。面白いのは、人々が桜に対して抱いていた気持ちが少しずつ変わっていったことです。貴族や武士は、桜の美しさを純粋に楽しむことが多かったのですが、農民の人たちは、桜を「稲の神様」として大切にしていたそうです。春に桜が満開になるのを見ると、「今年もきっとお米がたくさん収穫できるぞ!」と、豊作を願ってお祝いをしたと言われています。

 このように、昔から日本人に愛されてきた桜ですが、満開の時期はとても短く、あっという間に散ってしまいます。「もっと長く咲いていてくれたらいいのに」と思ったことはありませんか? 実は、この「儚さ」こそが、日本人が桜に特別な感情を抱く理由の一つなのです。

 日本には、「もののあはれ」という言葉があります。「もののあはれ」とは、美しいものや楽しいことが、いつかは必ず終わってしまうことを知り、しみじみと感じる気持ちのことです。桜の美しさも、永遠ではありません。だからこそ、私たちは桜が咲いている短い間に、その美しさを心に深く刻み込もうとするのです。

 「もののあはれ」の心を持つことは、私たちの心を豊かにしてくれます。例えば、友達との楽しい時間も、いつかは終わりが来ます。しかし、その一瞬一瞬を大切にすることで、思い出はいつまでも心の中に残り、私たちを支えてくれます。

 桜は、私たちに「もののあはれ」という大切な心を教えてくれます。ちなみに私は、自宅近くにある“さくら公園”の8種類の桜から、儚い美しさを平安貴族のように感じ取っています。皆さんも、桜の美しさを楽しみながら、その儚さにも思いを馳せてみてください。そして、日々の生活の中で、「もののあはれ」の心を感じてみてください。きっと、今までとは少し違った、豊かな気持ちになれるはずです。最後まで読んでいただきありがとうございました。