どうして日本は左側通行?

2024年6月28日

 今回もコラムを読んでいただきありがとうございます。

 海外に行くと、日本とは異なる常識がありますよね。例えば、日本のレストランで食事をすると、食事代のみを支払いますが、アメリカでは食事代とチップを払うことになります。チップは食事代の10%程度の料金とされています。また、飲酒解禁年齢に関して、日本では20歳からお酒を飲めますが、ドイツやフランスでは16歳から飲酒が可能となります。

今回のコラムでは、なぜ日本やイギリスのような島国では左側通行を導入しているのに対し、アメリカやヨーロッパ諸国の大陸国では右側通行を取り入れているのか、その理由を考えていきます。その由来を調べてみると、18世紀半ばから19世紀にかけてのイギリスでの産業革命の時代に遡ります。

当時イギリスでは、人や物を運搬するために、馬車を利用していました。馬車の運転手である御者は大半が右利きなので、馬を鞭で打つために、馬車の右側に座っていたそうです。対向馬車がすれ違う時に、左側通行の方が御者や乗客が安全であったことから、左側通行がスタンダードとなったそうです。その後、蒸気機関の発明により運搬手段が馬車から鉄道や自動車に移り変わっても、馬車の名残で、今でもイギリスでは左側通行なのです。

 世界の工場と言われていた当時のイギリスは、世界各国に植民地を持っていたので、植民地とされた多くの島国、例えば東南アジア諸国やオーストラリアは、イギリスの左側通行のルールを受け入れたわけですね。一方同じ頃、島国日本では、武士が左腰に差していた刀が、すれ違い時に当たらないようにするために、左側通行となったと言われています。

 それに対して、当時アメリカはイギリスからの独立を果たすために、イギリスの左側通行のルールに真っ向から反対しました。その結果、右側通行を標準としたらしいです。また、ヨーロッパ大陸国の代表であるフランスは、当時イギリスとの仲が悪く、フランス皇帝のナポレオンがイギリスのルールを拒否した結果、右側通行を導入したとされています。当時、ナポレオンの影響力は凄まじいものでしたので、ナポレオンによる右側通行のルールが、多くのヨーロッパ大陸国に広まったようです。

 このように、歴史を振り返ると、左側通行を取り入れている多くの島国イギリスの影響を受けているのに対し、右側通行の大陸国はイギリスへの反発が由来となっています。それぞれの国で独自の常識がある背景には、歴史的ストーリーがあるわけですね。最後まで読んでいただきありがとうございました。